「アメリカ株に投資していれば間違いない」——ここ10年ほどのS&P500や全世界株式(オールカントリー)の目覚ましい成績は、多くの投資家にそう確信させてきました。
特にNISAのつみたて投資枠などを活用し、これらのインデックスファンドに集中投資している方も多いのではないでしょうか。
しかし、その好調さが未来永劫続く保証はどこにもありません。地政学的な緊張の高まり、アメリカの経済成長のかげり、トランプ大統領による関税ショック。このまま米国株への偏重投資を続けて、本当に大丈夫なのでしょうか?
「リーマンショック」や「コロナショック」のような世界的な市場の混乱は、いつまた起こるか分かりません。そのとき、米国一辺倒のポートフォリオはあなたの資産を守ってくれるでしょうか?
一度立ち止まり、長期的な視点で投資戦略を見つめ直す時が来ているのかもしれません。
S&P500とオルカンについて
NISAなどを活用したインデックス投資で、特に人気の高い「S&P500」と「全世界株式(オールカントリー、通称オルカン)」。
まずは、それぞれの基本的な特徴と、なぜこれほどまでに支持されているのか、そしてその構成における米国株の現状を確認しましょう。
S&P500の特徴とリスク
S&P500は、ニューヨーク証券取引所やNASDAQに上場している代表的な500社の株式で構成される株価指数です。
アップル、マイクロソフト、アマゾンといった世界的な大企業が多く含まれ、アメリカ経済全体の動きを反映するとされています。
S&P500の特徴
- 成長性: これまで高い成長を遂げてきた米国経済、特にテクノロジー企業の恩恵を受けやすい。
- 透明性: 構成銘柄や算出方法が明確で、情報も得やすい。
- 低コスト: 連動する投資信託やETFは、信託報酬などのコストが低いものが多い。
S&P500のリスク
- 米国集中: アメリカ経済や特定のセクター(特に情報技術)の動向に、資産全体が大きく左右される。
- 為替リスク: 日本から投資する場合、円と米ドルの為替変動の影響を受ける。
オルカン(オールカントリー)について
オルカンは、その名の通り、日本を含む先進国および新興国の株式市場全体(全世界)の動きを表す株価指数(例:MSCI ACWI、FTSE GAC)に連動する投資信託やETFを指します。
「オルカン」の特徴
- 幅広い分散: 世界中の国・地域に投資するため、理論上はS&P500よりも地理的な分散が効いている。
- 手軽さ: 1本で世界中の株式に投資できるため、初心者でも始めやすい。
- 自動リバランス: 指数に連動するため、市場の変化に応じて自動的に国や地域の比率が調整される。
「オルカン」のリスク
- 実質的な米国比率の高さ: 「全世界」といいつつ、構成比を見るとアメリカが大きなウェイトを占めている(後述)。
- 新興国リスク: 新興国市場の政治・経済的な不安定さの影響も受ける可能性がある。
アメリカ株はいつまで「最強」?

S&P500やオルカンが人気を集める背景には、疑いようのない米国株の強さがありました。しかし、その「最強」神話は今後も続くのでしょうか?過去のデータと現状を確認します。
過去10年のS&P500は異常なほど好調”だった
過去10年(2015年~2024年頃)を振り返ると、S&P500は驚異的なパフォーマンスを見せてきました。
- 年平均リターン: 税引前・配当込みで年平均10%~15%程度のリターンを記録した期間も長く、これは歴史的に見ても非常に高い水準です。
- GAFAM等の牽引: この成長を力強く牽引したのが、GAFAM(Google[Alphabet], Amazon, Facebook[Meta], Apple, Microsoft)と呼ばれる巨大テック企業群です。一時期は、これらのごく一部の銘柄だけでS&P500全体の時価総額の20%以上を占めるなど、その影響力は絶大でした。
- 金融緩和とテックバブル: リーマンショック後の大規模な金融緩和策(ゼロ金利政策、量的緩和)が市場に大量のマネーを供給し、株価を押し上げました。特に、デジタルトランスフォーメーションの波に乗ったテクノロジー企業への期待が、株価をさらに押し上げる要因となりました。
オールカントリー(オルカン)も“ほぼアメリカETF”?
「全世界に分散投資しているから安心」と考えてオルカンを選んでいる方も多いでしょう。しかし、その構成比率の実態を見ると、注意が必要です。

米国が約60%: 代表的な全世界株式指数であるMSCI ACWIやFTSE GACにおいて、アメリカ株式市場が占める割合は約60%に達します(2024年~2025年初頭時点)。
これは、世界の株式市場におけるアメリカの時価総額の大きさを反映した結果です。
つまり、オルカンに投資しているつもりでも、その資産の半分以上は実質的にアメリカ株に投資していることになります。
アメリカ市場が大きく下落すれば、オルカンも当然大きな影響を受けます。「全世界」という名前から受けるイメージほどには、アメリカ市場のリスクから分散されていない可能性があるのです。
アメリカの潜在的なリスク
これまでの成功体験から「アメリカ最強」のイメージは根強いですが、その足元には見過ごせないリスク要因も存在します。長期的な視点を持つ上で、これらの点を考慮に入れる必要があります。
経済の成長鈍化
永続的な経済成長はありえません。アメリカ経済も、いくつかの構造的な課題を抱えています。
- 人口増加率の鈍化: 労働力の源泉である人口の増加率は鈍化傾向にあります。移民政策の揺らぎも、将来の労働力確保に影を落とす可能性があります。
- 生産性の伸び悩み: これまでアメリカ経済を支えてきた生産性の向上にも、ピークアウトの兆しが見られます。イノベーションは続いていますが、経済全体を押し上げるほどのインパクトを持つ技術革新が以前より生まれにくくなっている可能性も指摘されています。
財政赤字と利払い負担の急増
「双子の赤字」(財政赤字と貿易赤字)はアメリカの長年の課題ですが、近年、特に財政状況が悪化しています。
膨らむ国債: コロナ対策や経済政策などで財政支出が拡大し、政府債務は記録的な水準に達しています。
利払い負担の重圧: さらに深刻なのは、金利上昇に伴う国債の利払い負担の急増です。年間利払い額だけで1兆ドルを超える規模に達しており、これは国防費をも上回る水準です。
金利が高止まりすれば、教育やインフラ投資など、本来必要な政策に回せる予算が圧迫され、国家財政の持続可能性への懸念が高まります。
トランプ関税と米中対立
世界経済の大きな不安定要因となっているのが、米中間の対立です。
- 継続・構造化する対立: トランプ前政権時代に始まった高関税措置は、単なる貿易問題にとどまらず、先端技術の覇権争い、台湾問題を含む安全保障上の対立へと発展・継続しています。
- 経済への影響: 関税による企業のコスト増や、半導体規制などに代表されるサプライチェーンの分断リスクは、インフレ圧力や企業業績の下押し要因となり、世界経済全体の不安定さを増しています。
- 政治リスク: 今後のアメリカの政権交代や政治情勢次第では、両国の対立が再び激化する可能性も否定できません。これは米国経済のみならず、世界経済全体にとって大きなリスク要因であり続けます。
覇権の移行リスク
歴史を振り返れば、世界の覇権国家は常に移り変わってきました。「アメリカ一強」の時代が永遠に続くとは限りません。
- 中国・インドの台頭: 特に中国はGDPでアメリカに迫り、軍事・技術面でも急速な追い上げを見せています。また、人口世界一となったインドも、巨大な国内市場と豊富な労働力を背景に、経済的な存在感を増しています。**BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)**に代表される新興国の発言力も高まっています。
- 多極化する世界: アメリカを中心とした一極構造から、複数の国や地域が影響力を持つ「多極化」の時代へと移行していく可能性があります。これは、国際的なルール形成や経済秩序、通貨体制にも変化をもたらし、これまでアメリカが享受してきた優位性が相対的に低下するシナリオも考えられます。
投資の基本は「分散投資」
これらのリスクを踏まえると、「卵は一つのカゴに盛るな」という投資格言の重要性が増してきます。特定の国や資産に集中投資するのではなく、複数の対象に分けて投資する「分散投資」こそが、長期的に安定した資産形成を目指す上での基本戦略です。
選択肢①:地域の分散
米国以外の国や地域にも、成長の可能性は広がっています。ポートフォリオに多様な地域の株式を取り入れることを検討しましょう。
- 中国・インド: 巨大な人口(特にインドの人口ボーナス)と内需拡大、デジタル化の進展、製造業の成長などが期待されます。ただし、中国には政治リスクや不動産問題、インドにはインフラ整備の遅れなどの課題もあります。投資信託などを通じて「インドのNifty50指数」のような代表的な指数に連動する商品に投資するのも一手です。
- 日本: 長年のデフレ脱却への期待、企業の株主還元意識の高まり、円安による輸出企業への恩恵、そして半導体関連などの設備投資ブームが注目されています。「TOPIX連動ファンド」に加え、「高配当株ファンド」などを組み合わせる戦略も考えられます。
- ヨーロッパ: 環境意識の高まりを背景としたグリーン政策や再生可能エネルギー分野への投資が活発です。独自の技術力を持つ優良企業も多く存在します。ただし、地政学的リスク(ウクライナ情勢など)やエネルギー問題、域内での経済格差などが懸念材料です。
地域分散のヒント: いきなり個別株を選ぶのは難しいため、まずは「米国を除く全世界株式インデックスファンド」や「先進国株式(除く米国)インデックスファンド」、「新興国株式インデックスファンド」などを、現在のポートフォリオに少しずつ加えてみることから始めるのが現実的でしょう。
選択肢②:資産クラスの分散
株式だけでなく、値動きの異なる他の資産(アセットクラス)を組み合わせることで、ポートフォリオ全体のリスクをさらに低減させる効果が期待できます。
- 金(ゴールド): 「安全資産」の代表格。インフレ懸念が高まる局面や、地政学的リスク、米ドルの価値下落(ドル安)に対するヘッジとして機能する傾向があります。
- REIT(不動産投資信託): 不動産に投資し、賃料収入や売却益を分配する商品。比較的安定した利回り(インカムゲイン)が期待でき、インフレにもある程度強いとされます。ただし、金利上昇局面では価格が下落しやすい傾向があります。
- 債券: 国や企業が発行する借金の証文。一般的に株式よりも値動きが穏やかで、リスクヘッジの役割を果たします。定期的な利息収入(インカムゲイン)も得られます。ただし、金利上昇時には債券価格は下落し、発行体の信用力が低下すれば元本割れのリスクもあります。
- 仮想通貨(暗号資産): ビットコインなど。新しい資産クラスとしての成長期待はありますが、価格変動(ボラティリティ)が極めて高く、規制やハッキングのリスクも伴います。投資対象とする場合でも、あくまで資産全体のごく一部(失っても許容できる範囲内)にとどめるべきでしょう。
資産クラス分散のヒント
- 金: ポートフォリオの5~10%程度を目安に、金価格に連動する投資信託やETFを組み込むのが一般的です。
- REIT: 株式との中間的なリスク・リターン特性を持つため、ポートフォリオの分散効果を高める目的で加えます。国内REITと先進国REITなど、地域も分散すると良いでしょう。
- 仮想通貨: 「サテライト(衛星)」的な位置づけで、コア(中核)資産とは別に、あくまで余裕資金の一部で試す程度に留めるのが賢明です。
それでもアメリカは外せない理由
ここまで米国集中投資のリスクと分散の重要性を述べてきましたが、だからといって「アメリカ株はもう不要」と考えるのは早計です。依然として、アメリカが持つ強みは多く、投資対象としての魅力を完全に失ったわけではありません。
- 世界最大の金融市場: ニューヨーク証券取引所をはじめとするアメリカの株式市場は、流動性、透明性、多様性において世界をリードしており、世界中から投資資金が集まります。
- イノベーションの牽引役: AI(人工知能)、バイオテクノロジー、半導体、宇宙開発など、未来を形作るイノベーションの多くは、依然としてアメリカの大学や企業から生まれています。これらの分野の成長を取り込む上で、米国企業への投資は欠かせません。
- ドル基軸通貨体制: 世界の貿易や金融取引の多くは米ドルで行われており、ドルの基軸通貨としての地位は揺らいでいません。これはアメリカ経済と金融市場の安定性に寄与しています。資本市場の厚みも、企業が資金調達しやすい環境を提供しています。
賢い付き合い方: これらの強みを踏まえ、アメリカ株への投資を完全にやめるのではなく、ポートフォリオの中核(コア)として一定の割合を維持しつつ、その周りに他の地域や資産クラス(サテライト)を配置する「コア・サテライト戦略」が有効です。
また、米国株の中でも、特定のセクターに偏りすぎていないか(例:情報技術セクターへの過度な集中を避けるなど)を確認し、セクター分散を意識することも重要になります。
まとめ
NISAなどを活用したS&P500やオルカンへの投資は、これまでの素晴らしい実績から「鉄板」のように感じられてきました。
しかし、過去の成功体験が未来の成功を保証するわけではありません。「アメリカ一強」を支えてきた前提条件が変化しつつある今、米国株への集中投資がはらむリスクを正しく認識することが重要です。
地政学リスク、経済構造の変化、そして覇権の移行の可能性…。これらの不確実な未来に備えるためには、「分散」こそが長期投資で後悔しないための鍵となります。投資する地域を広げ、株式以外の資産クラスも組み合わせることで、より安定したポートフォリオを目指しましょう。
まずはご自身の現在のポートフォリオを確認し、米国への集中度合いを把握することから始めてみてはいかがでしょうか。